2026年11月3日、フィンランドが世界に誇る教育イノベーションであるYrityskylä(ウリテュスキラ / 英名:Me & MyCity)の現場を訪問しました。
Yrityskyläを一言で表現するならば、「教育版のガチなキッザニア」です。単なるごっこ遊びではなく、税金の支払い、銀行口座での給料管理、ビジネス交渉、さらには住民投票による公共サービスの決定まで、社会と経済の仕組みが凝縮されたミニチュア社会がそこに広がっていました。
本ブログ記事では、現地で実際に体験したリアルなエピソードと、Yrityskyläが子どもたちの「生きる力」をどのように育んでいるのかを詳しくレポートします。
1. Yrityskylä(ウリテュスキラ)とは?:社会・経済・働くことを体感する教育イノベーション

Yrityskyläは、フィンランドの非営利組織「Nuorten yrittäjyys ja talous(NYT)」が運営する、主に小学6年生(12歳前後)および中学3年生(15歳前後)を対象とした社会・経済学習プログラムです。
この村の中には、コスメ会社のSokosやメディアのYle、電気会社のHELENなどの実在する企業が軒を連ねています。
生徒たちが自分で選んだお店で労働し、収入を得て、税金を払い、消費して…。まさに「生きる」ことを体験を通して学んでいくのです。

全国の約90%の児童が参加する国民的教育プロジェクト

NYTの公式発表資料によると、2025–2026年度においてフィンランド全国の小学6年生のうち約90%にあたる約56,024名がこのプログラムに参加しています。各自治体がNYTとパートナーシップ協定を結ぶことで、公教育の一環としてほぼすべての地域の子どもたちに本学習機会が提供されています。
世界的にも高く評価される実績と表彰
Yrityskyläはその革新性と教育的効果により、数々の国際賞を受賞しています。
- 2014年 WISEアワード(World Innovation Summit for Education):世界で最も優れた教育イノベーションとして表彰。
- 2024年 フィンランド金融リテラシー大賞(Vuoden talousosaamisen edistäjä):法務省および関係機関から国内最高の経済教育プロジェクトとして表彰。
- 2013年 欧州委員会(European Commission)起業家精神促進賞および2014年 IPN(国際パートナーシップネットワーク)大賞。
2. 計10時間の事前事後学習と、本格的な選考プロセス
Yrityskyläの最大の特徴は、体験当日の1日が独立したイベントではなく、当日の体験のみで完結させるのではなく、学校での事前事後学習として計10時間のカリキュラムが組み込まれている点です。
事前学習カリキュラム(10レッスン)の全体像
体験本番を迎える前に、子どもたちは学校の授業で「社会の仕組み」と「働くこと」の基礎を体系的に学びます。
| 授業コマ | テーマ | 主な学習内容と取り組み |
| 第1〜2課 | 社会の仕組みと目標設定 | 企業と公共サービスの違い、税金の役割を学び、個人の目標を設定。 |
| 第3〜4課 | 職業探求と志望動機書の執筆 | 自分の強みを分析し、Yrityskylä内の求人広告を見て志望動機書を執筆。 |
| 第5課 | 本格的な採用面接と内定 | 担任以外の大人(企業社員や地域ボランティア)による面接を受け、内定・役職を決定。 |
| 第6〜7課 | 企業理念と営業・接客練習 | 企業の社会的責任(CSR)を理解し、接客・販売・プレゼンテーションの練習を行う。 |
| 第8〜9課 | 経済の循環と家計管理 | 給料明細の読解、所得税の計算、銀行口座開設、予算計画(消費と貯蓄)を学習。 |
| 第10課 | 事後振り返りと評価 | 街全体の税収や自社の利益を確認し、チームおよび個人の行動を自己・相互評価。 |
Yrityskyläが一般的な「職業体験イベント」と大きく一線を画している最大の理由は、実際の就職活動さながらの本格的な選考ステップを経て当日の配役(職業)を決定する仕組みにあります。
単なる「ジャンケン」や「第一希望順」で職種を振り分けるのではなく、児童自らが志望動機書を書き上げ、時には家族に「推薦書」を依頼することもあります。そして、教員や地域住民が面接官を務める本格的な選考に挑み、自力で採用を勝ち取るというプロセスを踏みます。
この一連のリアルなステップを経験すること自体が、自らの想いや強みを言語化し、他者にアピールする実践的なトレーニングとなっています。
3. 当日のタイムスケジュールと管理システム、街のルール
体験当日は、9:30から14:00まで分単位でスケジュールが管理されます。児童はIDカードの色(赤・黄・緑)によってグループ分けされ、仕事を行う「勤務シフト」と買い物や飲食を楽しむ「自由時間シフト」を交代でこなします。
| 時間帯 | プログラム・イベント内容 | 主な動き・仕組み |
| 09:30 – 09:45 | 中央広場でのオープニング | 全体集合、スタッフ・指導員の紹介 |
| 09:45 – 10:00 | チームミーティング 1 | 自社オフィスで1日の目標設定と業務確認 |
| 10:00 – 10:20 | 事業活動の開始 | 各企業の営業・業務スタート |
| 10:20 – 10:40 | 中央広場での全体会議 | 街の全体方針の共有と意識合わせ |
| 10:40 – 11:05 | 第1シフト(勤務 / 自由時間) | 赤グループが最初の自由時間(銀行手続き等) |
| 11:05 – 11:30 | 第2シフト(勤務 / 自由時間) | 黄グループが自由時間 |
| 11:30 – 11:55 | 第3シフト(勤務 / 自由時間) | 緑グループが自由時間 |
| 11:55 – 12:10 | チームミーティング 2 | 各企業での中間進捗確認と課題抽出 |
| 12:10 – 12:35 | 第4シフト(勤務 / 自由時間) | 赤グループが自由時間(アイス店等オープン) |
| 12:35 – 13:00 | 第5シフト(勤務 / 自由時間) | 黄グループが自由時間 |
| 13:00 – 13:25 | 第6シフト(勤務 / 自由時間) | 緑グループが最後の自由時間(買い物のラストチャンス) |
| 13:25 – 13:35 | 営業終了・清掃 | 店舗・オフィスの片付けと清掃作業 |
| 13:35 – 13:45 | チームミーティング 3 | 自社での振り返りと決算・成果確認 |
| 13:45 – 14:00 | 中央広場でのクロージング全体会議 | 各社CEOの発表、投票結果公表、全体の締めくくり |
生徒たちの会社に支給されるタブレット画面で、現在のシフト番号や「11:30に○○社へ商品を納品する」「オンライン注文を回収する」といった時間指定のあるタスクが画面にポップアップ表示されます。さらには、支払いの請求や会社の売り上げ確認も!
秩序を保つ村の「ルール」
営業を開始する前に、村で守るべき「ルール」が共有されていました。
- 安全第一:街の中では絶対に走らず、落ち着いて歩いて移動する。
- 飲食のルール:カフェの指定されたテーブルでのみ飲食を行う。
- リサイクル推進:ゴミを「不要物」ではなく「原材料」と呼び、専用の分類ボックスで徹底的にリサイクルする。
- 差別ゼロ宣言:不当な扱いや差別を一切許容せず、お互いを尊重し合う環境を作る
さらに、教師たちも単なる観察者にとどまりません。グローバル投資企業「Global Oy」の社員としてミニ社会に加わります。タブレットを確認しながら、生徒たちが営む各企業に様々なクエストが与えられるよう、商談、レッスンの受講、プレゼンテーション、発注など、多様な役割を果たしながら参加しました。

4. 英語での本気商談と、子どもたちの見事な成長
私自身も、Global Oyの社員として、バイオ燃料を製造・販売する児童たちの企業を訪れ、英語でのビジネス交渉を行いました。

「こんにちは、Global Oyの者です。御社のバイオディーゼルについて話を聞かせてください」と英語で切り出すと、子どもたちは「ようこそ!どうぞお座りください」と笑顔で迎え入れてくれました。
商談中、次のような質問を投げかけました。
- 「バイオディーゼルとは何ですか?」
- 「どのように製造されているのですか?」
- 「なぜ環境に優しいと言えるのですか?」
- 「他社と比べて、御社の強みや優れた点はどこにありますか?」
「他社との違い」という台本にない質問に対して、午前中の商談では一瞬困惑した表情を見せましたが、しばらくしてから「ロゴです!」と回答してくれました。
再び午後に彼らのオフィスを訪れると、子どもたちのセールストークは磨きがかけられ「うちはどこよりも安くバイオディーゼルを提供しています!」と自信を持って話してくれました。握手を交わし、商談は成立!2000ユーロでバイオディーゼルを購入しました。
5. ミニ社会のリアルな街のドラマと体験
Yrityskyläのミニ社会には、実在するフィンランドの大手企業(Nordea銀行、エネルギー会社Helen、メディアYleなど)や行政機関が軒を連ね、リアルな社会の縮図が形成されています。
住民投票で「警察署」の設立が決定!
街の市庁舎では、市長や市議会議員に選ばれた児童たちが市議会を開催していました。また、街の税金を使って新しく設立する公共サービスを決める住民投票が実施されました。 投票結果は以下の通りです。
- 1位:警察署 – 28票獲得
- その他の候補:図書館、病院など
投票によって自分たちの街の未来を決定するという、アクティブ・シチズンシップ(能動的な市民権)の実践がここで行われていました。
街の中の多様な店舗・サービス体験
子どもたちが運営する街の中の様々な企業や店舗を体験しました。
Sokosでは、美容部員役の児童が「髪の毛を整えましょうか?」と親切に声をかけてくれ、ヘアアレンジを施してもらいました。友人の教師は、ネイルをしてもらっていました。

Terveystalo(ヘルスケアセンター)では、従業員向けの健康診断を受診。視力検査と身長測定を行い、とテキパキ対応してくれました。

Coffee House(カフェ)では、友人の教師たちとコーヒーを注文しました。そして、休憩に入った児童たちが自分のお給料で買ったお菓子を手にくつろぐ姿が見られました。

Alepa(スーパーマーケット)は、本物のスーパーさながらの商品を、生徒たちが自分たちの手で並べることから始まり、レジ打ちを一生懸命する生徒や、稼いだお金で買い物を楽しむ生徒たちで溢れていました。

6. 学びのエコシステムと学術研究が証明する教育効果
Yrityskyläの取り組みは、フィンランドのナショナル・カリキュラム(OPS)を包摂しているだけでなく、大学等の第三者研究機関によってその顕著な効果が実証されています。
フィンランド学習指導要領(OPS)との連動
- L1:思考と学び方の獲得(ゲーム性を通じた問題解決)
- L2:文化的意思疎通と表現(チームでの協働とプレゼン)
- L3:自己管理と日常生活スキル(給与管理・健康維持)
- L4:マルチリテラシー(タブレットや文書情報の読解)
- L5:ICT活用能力(デジタルバンキングや業務アプリの運用)
- L6:働く力と起業家精神(職業体験と責任感の醸成)
- L7:参加・影響・持続可能な未来(投票とリサイクル実践)
社会科(Yhteiskuntaoppi)の学習項目(S1:日常生活と生活管理、S2:民主主義社会、S3:アクティブシチズンシップ、S4:経済活動)をほぼ網羅するカリキュラムとなっています。
実証された研究データ
- タンペレ大学の研究(Isabella Aura, 2023): ロールプレイに基づく体験学習が、児童の21世紀型スキル(コミュニケーション能力、柔軟性、状況適応能力)を有意に向上させることを実証。
- ヴァーサ大学の研究(Panu Kalmi教授, 2016): Yrityskylä参加前後の比較調査により、金利・企業の利益・市場競合の仕組みに対する理解度が飛躍的に向上。また、貯蓄に対する関心と行動が有意に増加することが判明。
- 若者未来レポート(TAT, 2021 / N=14,939): 参加した児童は、将来の就労意欲、納税への積極的態度、環境保全意識が他よりも高まることが確認されています。
7. 「生きる力を育む学び」の未来とは
Yrityskyläの1日を通して見えてきたのは、子どもたちが心の底から、社会や経済の仕組みを肌で理解していく姿でした。1日という限られた時間の中でも、戸惑いが自信へと変わり、見事に成長していく子どもたちの姿には驚かされるばかりでした。
自ら仕事を選び、社会に貢献し、その対価を手にするという一連の経験は、「働くことの充実感」を心身で感じられるかけがえのないものだったと思います。サービスへの対価を受け取り、それを使って買い物をして労働の果実を楽しむ生徒たちの顔は達成感そのもの。
また、税金の仕組みを単なる知識として暗記するのではなく、実際に働き、給料を得て、そこから税が引かれるプロセスを実体験として味わう。これこそが、机上の空論ではない「生きる力を育む横断的な学び」の本質なのだと強く実感しました。
このような体験を通した「生きる力」を育む学びがより広がっていくよう、UpEdも邁進してまいります!


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